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O.K.Z. / 現在を語る インタビュー!


東京のインディーズシーンにおいて20年以上にわたり様々なバンドでギタリストとして、またイベントの企画者として活躍するO.K.Z.。コロナ禍において悩みながらも歩みを止めない。そんな彼に何を考え、どう行動するか。また、この先をどう見てるか、話を聞いてみました!


interview by 齋藤泰人(Hooky Records)

photos by みお

2021.02.26


 

ー では宜しくお願いします。


O.K.Z. O.K.Z.です。よろしくです!空手コンドル、Malignant Co.、No Returnでギタリストとして活動しています。また各バンド名義でのイベント企画などもやっています。


ー コロナ禍で家で過ごす事が多いと思いますが、何をして過ごしていますか?


O.K.Z. YouTubeやサブスクで新しい音楽探したり、映画観たり、本読んだり、ゲームしたりとインドア満喫してます(笑)。もともとインドア派のため、このコロナ禍ではそのための時間が出来たと思って過ごしてます。


ー SNSで映画の感想を書いてますよね。印象に残ってる作品は有りますか?


O.K.Z. コロナ禍でオンラインで映画をたくさん観ているので、その記録のために書き始めました。いっぱいあって選べないのですが、SF、ビジネスもの、サスペンス/スリラーが最近ツボですね。自分のTwitterを「映画 ★★★★★」で検索してもらえれば、自分が高評価つけたタイトルが出てきます(笑)。


ー 音楽は最近のお気に入りはなんですか?Guns N' Roses以外で教えて下さい(笑)。


O.K.Z. Guns封じられた(笑)。最近よく聴いてるのはStone SourとCreepy Nutsですね。Stone SourはSlipknotのボーカルの別バンドで何回かライブ観たことがあるのですが、コリー・テイラーの魅力と、ヘヴィネスとメロディのバランスの良い楽曲が好きです。


ー Creepy Nutsは意外ですね。


O.K.Z. Creepy Nutsは昔から知ってたけど、昨年末くらいからなんかのきっかけでちゃんと聴き始め、ハマりました。家でNintendoSwitchのカラオケができるので挑戦しましたが難しすぎて全然歌えないので、毎週練習してます(笑)。


ー 練習してるとは(笑)。


O.K.Z. あとはChildren Of Bodom。メロディックデスメタルというジャンルの中では特に好きなバンドだったので、ギターボーカルのアレキシ・ライホが亡くなったニュースは衝撃的で、アルバムを一から聴き直してました。メタル繋がりだと、SNSで先輩バンドマンが紹介してたDying Fatusというデスメタルバンドが超カッコよくてテクニカルで最近のヘビロテです。





ー あとは何かしてますか?


O.K.Z. 音楽活動だと、宅録で思い付きのもフレーズをちょこちょこ録り溜めたり…これは特に発表する予定はないのですが、DAW(宅録ソフト)の使い方とかの勉強を兼ねてですね。あとは家族と過ごす時間が単純に増えたので、そこもありがたいです。


ー 以前、ソロ作品で「ひとりメタル」って有りましたよね?もう一回どうですか(笑)?


O.K.Z. ソロ作ったのは楽しかったですね〜。実は「ひとりメタル2」の構想はずっと頭の片隅にあって、それに向けても色々とネタを溜めています。しかし、「ひとりメタル」を出した2005年よりも、世間では宅録環境も凄く一般化かつグレードアップしており、なんだかハードルが高くなってきています。下手なもの出せないぞと(笑)。


ー そうですね。


O.K.Z. 特に昨年はコロナ禍ながら空手コンドルも活動していたので、自分一人で作品を作るというモチベーションがそこまでわかなかったというのが正直なところです。ちょこちょこ遊びで作った曲はありますが、自信をもって公開できる作品を作るとなるともう少し時間かかりそうです。と言ってるうちにまた周りの環境が変わってついていけなくなる気もするので、今年は1〜2曲でも良いからライブなど出来ない期間に自分の作品を公開できるようにしたいと思います


ー では、ここでオファー出しておきます。マスターお待ちしてます(笑)。


O.K.Z. そういうオチか!(笑)。



No Return


ー O.K.Z.と言えばイベントの企画、頑張っていますよね。


O.K.Z. 空手コンドルでは「道場破り」、Malignant Co.では「マリグ☆ナイト」、No Returnでは「子煩悩」という企画をそれぞれやってます。それぞれのバンドのカラーに合わせてブッキングをしているので、自分がブッキングしても各イベントは全然違うカラーになっているのが、自分でも面白いなーと思います。ここ数年はそれぞれのバンドの活動ペースにあわせて、「道場破り」以外はあまり開催していませんね。もっとやりたいんですが、準備などの負荷が結構高く、なかなか若いころのように頻繁にできなくなってきました。


ー そうなってきますよね。


O.K.Z. 若いころの話をついでにすると、かつてNEVERFEARというバンドで「TOKYO FIST」というイベントをやってました。「TOKYO FIST」は自分がNEVERFEARに在籍していた1996年から2004年までの間に43回開催しましたが、その他にもいくつかコラボ企画やサブ企画をやったり、今考えると結構無茶なスケジュールで動いていましたね。ただしイベントを組む要領というのをこの時代に自分なりに確立したので、有意義な経験ではありました。


ー 沢山のイベントを企画してきた動機は何ですか?


O.K.Z. NEVERFEARで活動開始した当初は、ライブと言えばライブハウスのブッキングライブがメインでした。その中で知り合ったバンドにイベントに呼ばれたことにより、NEVERFEARとして「自分たちも自分たちで企画やりたい」となったのが最初のきっかけです。で、企画をやるとなると必然的に自分たちがトリになるので、その企画が「自分たちの場所」みたいな形になり、今までとライブに対する意識も変わって来ました。これまでは自分の出番だけに集中していたのが、出演順によるライブ全体の流れを考えるようになったのは大きな変化でした。


ー なるほど。企画者O.K.Z.の誕生ですね。


O.K.Z. 出演してもらったバンドたちのイベントに呼ばれ、そこで新たなバンドと知り合い、またそのバンドを自分たちのイベントに呼んで…と知り合いがどんどん増えていくことで自分たちのコミュニティが広がっていく面白さもありました。さらにレギュラー的に何度も出演してもらってるバンドと親密になっていくことで、イベントとしてのオムニバス音源を作ったり、コラボイベントなど新たな発想が生まれたりと、活動の幅が広がっていきました。


ー 聞いてるだけでワクワクする話です。空手コンドルの「V.A. / 道場破り」もそうですね。


O.K.Z. はい。そのようなバンド間の繋がりや関連する活動について、観に来てくれたお客さんも認識してくれ、目当てのバンドだけではなく関連するバンドにも興味を持ってもらうという良い連鎖が発生し、いわゆる「シーン」みたいなものが生まれているのも感じました。これらのことが自分のなかでバンド活動をする意味や楽しさの源泉となってきており、今でも「バンド活動」と「イベント企画」はある意味セットになっているのが、イベント企画する大きな動機の一つになっていると思います。



Malignant Co.


ー 思い出深い企画は有りますか?


O.K.Z. これは、と一つには決めきれないですね〜。音源の発売記念イベントだったり、地方開催だったり、何十回記念だったり、解散ライブだったり、再結成ライブだったり、今はもう有名になったあのバンドが出てくれた回だったり…。これまでの履歴を一つ一つ見ながらその回の思い出を語る会を4時間くらいやりたいくらい(笑)。今度そういう配信をやっても良いかもしれない、と今思いました。あ、ちなみに自分が開催に関わったイベントはすべて記録してあるし個人のWebサイト(https://okz-web.com)に履歴も掲載しているので、興味のある人はアクセスしてもらえると良いかと。


ー 個人的にも数々のO.K.Z.企画を観てきましたが、インパクトで言うとO.K.Z.40歳誕生日イベントですかね。NEVERFEARを観れた事とお面(笑)!


O.K.Z. あれは誰のためでもない、完全に自分のための企画です(笑)。しかしNEVERFEAR、CULT OF PERSONALITY、熊猫xiongmao、ソロホーマーと、2016年の当時に活動を停止していたバンド達に、1年以上前から相談・交渉して出演してもらいました。それによりスペシャル感を出して出演者もお客さんもいつも以上の「非日常」を感じてもらったと思います。やっぱりライブハウスってある種の「非日常」を体験する場だと思うので、如何にしてそのイベントの日を「特別な日」にできるかというのは毎回の課題ですね。ちなみにお面は仲間がシークレットで作成・準備してくれました。こういうことがあるから前に回答した「シーン」のような繋がりが出来たのはとてもありがたいです。


ー 個人的にも「特別な日」でした。


O.K.Z. そうですね、あの日は自分でも特に「特別な日」をうまく企画できたと思います。現在ではライブに行くことがより「特別」になってきているので、コロナ禍におけるライブやイベントが細々とでも出来ることは大変貴重だと思います。



40.K.Z. フライヤー


ライブ終了後に仲間が用意してくれたお面軍団と記念撮影


ー コロナ禍の影響をはじめに感じたのはいつ頃でしたか?


O.K.Z. 2月の末に渋谷RubyRoomでTHE 四十八手'sのイベントに出演した頃からですね。ライブハウスでクラスターが発生したという報道があり、大きなライブが中止や延期、無観客配信などが始まったころでした。我々の活動している小規模のライブハウスについてもとりあえず消毒はしよう、などなんとなく対策を取り始めていましたし、生配信もInstagramやTwitterなど手軽なプラットフォームではじめるバンドが増えてきていました。その後、いろいろと検討した結果、まずは4月末に予定していた空手コンドルの関わっていたイベントのキャンセルをすることに決めました。間接的な知り合いが感染・発症して亡くなったことや、世間の状況が状況が厳しくなってきそうなこと、そして収束の目途が立たないことから、早めに決断しました。


ー 難しい決断ですね。


O.K.Z. それよりもさらに悩んだのは7月のイベントです。2020年7月4日に「TOKYO FIST 2020」という名前で、NEVERFEAR及び2000年代前半に自分たち界隈で活動していたバンドを集めて同窓会的なサーキットイベントを予定していました。2年前くらいから考え始めて、2019年中に色々なバンド、特に今は活動休止や解散しているバンドを集めるために声掛けをしていたイベントで、個人的な思い入れもとても大きかったので悩みに悩みました。3月からずーっと悩んだり色んな人に相談したりした結果、5月末に開催無期限延期の決断をしました。NEVERFEARを含め出演予定だった再結成組のバンドたちが緊急事態宣言後から思うようにリハーサルにはいれない、そもそも当日ライブハウスに来られる状態なのか分からない、ということや、同窓会という性質の大きなイベントだったため、配信などでの開催はイベント主旨から大きく外れる、ということが主な理由です。


ー 断腸の思いですね…。


O.K.Z. とはいえ、ライブハウス側もそのタイミングから代替のイベントを入れるのも難しく、予定は空いているので場所は使えるよ、と声をかけてもらいました。さてそこで何が出来るかな、と考えました。実は4月くらいから空手コンドルのYouTubeチャンネルで「道場喋り」というトーク生配信をしていました。これはライブが出来ない情勢下で何かバンドから発信したい、ということで自分とTO-Ka(空手コンドル)で始めたものです。


ー 自分も「道場喋り」観てますが普段は聞けないエピソードが豊富で面白いですよね。


O.K.Z. これをライブハウスで、当日出演予定だった人を集めてやったら面白いなー、と思って企画構想を始めたら、なんだか楽しくなってきました。そこから出演予定だった全バンドに声をかけて、タイムテーブル作って、ライブハウスと相談して、機材や環境そろえて…と一気に進めていきました。なんか妙なアドレナリンが出てましたね、毎晩パソコンに向かって、各バンドの紹介用のMusic Videoや配信ソフトの設定・テスト、タイムテーブルの調整をやっていました。最終的には予想より多くの方が視聴いただいたようで、バンドマンなのに4時間トークという無謀なことも何とかなりました。コロナ禍が故に生まれた新たな発想だったと思います。


ー 苦肉の策ではあるものの、こういう状況だからこそ出来た企画ですね。


O.K.Z. そうですね、配信という手法がメジャーになってきたうえ、トーク配信をしていたことによる前例があったからこそ行き着いた発想だと思います。


「TOKYO FIST 2020」の代替案として行われたトークイベント


ー これからのインディーズシーンはどうなっていくと思いますか?


O.K.Z. この状況がどこまで続くかも分からないので、みんなまだ手探りで何ができるか試行錯誤の時期はしばらく続くと思います。「コロナ禍前の状態」に戻ることを前提に考えるのか、この状態が続くことを前提に考えるのか、インディーズシーンのみならずすべての業界や環境で先が見えないので、出来ることをやっていくしかないですね。


ー そうですね。でも何だかんだでO.K.Z.はコロナ禍でも、それなりにイベントやってますよね?


O.K.Z. 2020年11月には上限数を設定して有観客で空手コンドル企画「道場破り Vol.19」をやりましたし、2021年1月には「道場破り 新年会2021」としてアコースティック形式の出演+DJというイベントをやりました。いずれも感染拡大防止にとても気を遣って実施し、いずれも開催2週間後まで悪いニュースは届いていません。しばらくはこのように気を遣いながら対応していくという状況が続くと思います。また配信も機材、ノウハウ、サービスが充実することによりさらに一般化していくと思います。個人的には配信と現場を比べると現場の魅力にはやはり勝てないので、配信ライブにはまだ本格的に取り組んでいませんが、周りのバンドが次々と配信を行っている現状をみると、今後の選択肢として真剣に考えないといけませんね。そういう意味では一歩出遅れてます(笑)。


ー いやいや(笑)。O.K.Z. が所属しているバンドの活動状況について教えて下さい。


O.K.Z. 空手コンドルは上記の通り、出来ることを少しずつ、という形で試行錯誤してイベントなどを行っています。Malignant Co.、No Returnについては各メンバーがなかなかスタジオやライブハウスに出入りできる状況ではなく、活動は止まっています。Malignant Co.ではメンバーの誕生日に合わせて限定Music Videoっぽいものを作ったりしましたが、以前のように集まってスタジオやライブはもう少し状況が変わらないと難しそうですね。


ー コロナウィルス感染症が落ち着いたら、どんな活動をして行きたいですか?


O.K.Z. まずは無期限延期とした「TOKYO FIST 2020」のリベンジですね。もう「2020」じゃなくなりますが、当日出演予定だったバンドに声かけなおして、予定通りかさらにパワーアップした形で提供したいと思っています。他のバンドもとにかくライブがやりたい!あと人のバンドを観に行ったり、フェスに行ったりとやりたいことが沢山あります。ビフォーコロナを取り戻すという意味では、ツアーも行きたいし、そもそも普通に打ち上げがしたい、などですね。アフターコロナとしては配信とリアルをうまく組み合わせたり、「道場破り新年会」のようなちょっと経路の変わったイベントをアクセントとして使っていくことで活動の幅を広げていくこともしたいと思っています。


ー では最後にメッセージをお願いします。


音楽シーンって大きな生態系なようなものだと思っていて、光の当たる大きなステージがあるのは、アンダーグラウンドな小さな活動があるからだと思っています。

自分はその小さな活動の中の一端に関わっているにすぎませんが、それでもライブハウスシーンというところで何が出来るか、考えながら活動を継続していきたいと思っています。


どのバンドでどんな切り口での活動になるか分かりませんが、次の一手が決まりましたらまたお知らせさせていただきますので、その際はよろしくです!


 

O.K.Z.

1996年からNEVERFEARのギタリストとして活動。

2004年以降、ソロ活動を少ししたあとやっぱりバンドが良いと2005年に、ラウド・ロックバンドNo Returnを結成。

2006年に「ときめき+メタル=ときメタル」をコンセプトにした異色メタルバンドMaignant Co.を結成

2015年にNEVERFEAR時代の盟友空手コンドルが復活することになり、新メンバーとして加入。

バンド活動の中で、インタビュー内にあるような様々なイベントを企画。

またNPO法人アクセプションズに参加し、ダウン症候群についての啓蒙活動なども行っている。三児の父。


個人サイト:https://okz-web.com

空手コンドル:https://karatecondor.com

Malignant Co.:https://malignant.jpn.org


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